田中聡久先生
〜体の中の電気的な信号を医療や音楽に応用する〜
第26回は知能情報システム工学科の田中聡久先生にインタビューしました。
研究者としての田中先生の特集です。後半では、一時は文系就職も考えていた先生が工学系の研究者になるまでの話も。ぜひ最後までご覧ください!
<プロフィール>
お名前:田中 聡久(たなか としひさ)先生
所属学科:知能情報システム工学科
(旧・電気電子工学科)
研究分野:生体信号情報学
趣味:クラシック音楽,ヴィオラ,語学学習(いまは中国語)
脳波とは🧠
ー先生は研究で脳波を扱われていると思うのですが、そもそも脳波とはなんでしょうか?まず、人間の体には電気が流れているんです。人間は6割から7割が水だと言われていますけど、それは体内のイオンに電気活動を与えるためなんですよ。
ーええ!電気が流れているんですか?そうそう、高校の化学で電気分解ってやったことあるでしょう。電極に向かってイオンが水の中を動くことで電気が流れますよね。これと同じことが、人間の体の中でも起きているんです。人は脳から指令を受け取って、その指令をもとに動いたり喋ったりしているのですが、このとき脳が出しているのが電気振動なんです。
中学校の理科の教科書に死んだカエルの足に電流を流すとビクッと動く実験(ガルバーニの実験※)が載っていたんじゃないでしょうか。
あれとまさに同じで、今腕が動いているのは、大量の電流が腕の筋組織に流れているからなんです。
このことはつまり、電気活動を測ることができれば、脳の指令を外から観測することができるかもしれないということです。外からアンテナのようなものを張ればいいのですが、そのアンテナというのも大したものではなくて、+の電極とーの電極を頭にぴっと貼れば測ることができます。この外から計測したものが脳波と言われているものです。これを観測してやることでいろんなことがわかります。
―なるほど…!
脳波を読み取る難しさ。医療現場の問題を研究で
ーそのような脳波を使って、どのような研究をしているのでしょうか?今は、AIに脳波を学習させて脳の病気の診断をしてもらうという研究をやっています。脳の病気の典型的なものにてんかん(突然意識を失うなどの発作が起きる病気)というのがあるのですが、これを診断するときにも脳波が必要になるんです。お医者さんが脳波を見て、この波形だったらこの病気じゃないかっていう感じで判断する必要があるのですが、それがきちんとできる人は限られています。現場で一番脳波を使っているのはお医者さんなんです。だけど、脳波は計測するのも、とれた波形を理解するのもなかなか大変で、難しいんです。
ーそうすると、忙しいお医者さんにとって負担になりそうですねそうそう。脳波を扱えるお医者さんが少ない医療現場の問題に対して、AIで診断をサポートできるようになればいいんじゃないかなと思ったんです。
脳と音楽♪
あとは純粋に自分の興味のあるところに関連した研究もありますね。楽器をやっていたので音楽が好きなんです。だから、研究を音楽に近づけたいなと思って、音楽を聴いているときの脳の反応を調べたりもしています。例えば、ビックカメラに行ったあと、一日中頭の中で同じ曲が流れること、ありませんか?
ーありますね(笑)テストの時に限って流れてきたり。あるでしょ(笑)、そういうことの仕組みを知りたい、それを止めるような手段を作りたいと思っています。今は音楽を聞いているときに何が起こっているのかを知る段階です。最終的には頭の中で鳴らしている音を取り出したいと思っています。
ーそれは心が読めるみたいなことですか?そうそう、本当はそれをやりたいんです。今は、脳内で刻むリズムを取り出すことには成功しつつあります。ディープラーニングっていう最近のAI技術をうまい具合に応用して、脳波と組み合わせることで、頭の中でトントトトントンみたいな感じで刻んだリズムを取り出すことができます。
ーすごい…なんてことだ…次は音の高さを取り出したいと思っているんですけど、これはまだまだ難しいですね。
(他にも、リハビリをサポートするような研究や、AIによってゆるキャラを生み出すという下の写真のような遊び心溢れる研究まであるそうです!)
語学や海外に興味のあった学生時代🌍 自分は理系には向かないと思っていた
ー次に、研究者になるまでの経緯を教えていただけますか?大学に入る前は、正直研究者になるつもりは全然なかったです。コンピューターとかが好きだったから、そういう仕事につけたらいいなくらいでした。だけど、いざ大学に入ってみたらもう授業がつまらなくて、そこからやる気を失っていきました。ほとんど大学に行かなくなっちゃっていましたね。こんなにつまらないんだったら文系就職しよう、理系は自分に向かないんだと思っていました。でも4年生になって研究室に入って、結構面白いなってなったんです。実験がないという理由だけで選んで、ジャンケンに勝って入った研究室でしたが笑
ーおお笑でも勉強してみると、分からないことがいっぱいあるなと気づいて、もうちょっと勉強してみたいなと思い始めました。そして、大学院に進んだのにはもう一つ理由があって、韓国に留学に行きたかったからなんです。結構韓国に興味があって、院に進めば留学に行く条件を満たせたのです。
ところで当時の韓国というと、今とは違ってかなりマイナーな国でした。第一次韓流ブームの前だから、ヨン様の前ですね。
ーえ、ヨン様よりも前?そうそう。だから今だと、ラオスに行くみたいな感じですかね。そんなところだから、うちの大学始まって以来、韓国を志望したのはあなたが初めてですって言われて
ーニッチなところだったんですね…!どうして韓国に興味を持ったんでしょうか?実は中学校一年生ぐらいのときから、ハングル文字を自分で勉強し始めたんです。読めるようになったらいいなぁと思って、結構文字フェチだったんです。大学生のときも韓国語をかなり勉強していました。
ーへえ!あとは、大学3年生の時かな。韓国に1人で旅行したことがあったんです。そこで高速バスに乗って地方の博物館に行こうとしたのですが、間違えてど田舎のバス停で降りてしまったことがありました。
ーひー、そこからどうしたんですか?とりあえず歩こうと思って。道路標識があるからそれに沿って歩こうと思ったのですが、歩けど歩けど何もない(笑)でも1時間くらい歩いていたら、路線バスみたいなのが通ったので、なんとか止めて乗せてもらいました。でもどこに行くバスかは分からないんです。
ーですよね…!韓国の独立記念館というところに行きたかったので、バスの運転手さんにこのバスは独立記念館に行くかどうかをつたない韓国語で聞きました。そしたらその会話を聞いていた乗客のおばちゃんが、バスの中のお客さん全員に聞いて回ってくれたんです。そして、このおじさんが一緒に行くからついて行きなさいって、おばちゃんが知らないおっちゃんを連れてきて。その知らないおっちゃんが知らない日本人を突然記念館に連れていくという。
ー(笑)でもその知らないおっちゃんが結局館内を全部案内してくれたんです。一生懸命説明してくれて。なにを言っているかは正直全然わからなかったのですが(笑)
ー優しい〜なんて優しい!そんなことがあって韓国本当にいいところだなって思ったんです。留学先に韓国を選んだのにはそういうこともあったかもしれません。
ーなるほどそして、1年間韓国の研究室にいました。向こうの研究室はすごくアクティブで、人数の多いビックラボでした。特に博士の人が多く、先生も厳しかったので、そこで研究がどんなものかを知ったというか、鍛えられました。その研究室で、国際会議に発表するくらいの研究をやって、ああ、面白いなと思うようになったんです。そこから、自分も博士に行こうと思い始めましたね。
ー語学への興味や海外での経験が、そんなふうに研究の道につながるとは…!
何でも知っていると思っていても、必ず知らないことがある
ー研究でもそれ以外でもいいので、今特に関心をもっていることはありますか?農工大自体も力を入れていますが、学生のための国際交流には関心をもっていて、大学内の国際関係のプログラムにはかなり関わっています。あとは、研究室でも国際的に一緒に研究する先生は多いですし、希望する人には海外にそこそこの期間行ってもらうようにしています。そのモチベーションはやはり、自分が学生時代に海外でいろんな経験をしたことが大きいです。自分はなんでも知っていると思っていても、必ず知らないこと、気づかないことがたくさんあります。知らないが故の誤解でいがみ合いが始まることも結構あるんです。だから、いろいろな人に海外での経験をしてほしいと思っています。自分の無知を体感できる機会をもってほしいですね。
田中先生の「先生大図鑑」はここまで!
最後まで読んでいただきありがとうございます!
田中先生の授業についても紹介しています。数学の勉強が苦痛な方。ぜひ「第二十六景「微分方程式」〜知れば学んでみたくなる!?工学者による工学のための数学の授業〜」も合わせてどうぞ!
文章:ノコノコ
インタビュー:2020年11月17日
※インタビューは感染症に配慮して行っております。
- 田中聡久先生
- 知能情報システム工学科(旧:電気電子工学科)
- 田中聡久研究室(生体信号情報学研究室)
- 微分方程式