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旧先生大図鑑

熊谷義直先生

〜地球は巨大な無機反応炉!ヒトが地球と継続的に暮らしていくための結晶成長〜

2021.11.04

第35回は工学部応用化学科の熊谷義直先生にお話を伺いました。

物理化学の重要さについて分かりやすく、丁寧に教えていただきました。知識を総動員して諸問題に取り組むための、基礎的な能力が身に付く学問としての物理化学――本特集では、そんな分野に長年向き合ってきた熊谷先生の“研究者”としての一面に迫りました。研究者になった経緯、研究内容や学生の頃のエピソードなど必見です!

熊谷先生の授業についての特集は、こちらから。


<プロフィール>
お名前:熊谷義直(くまがい よしなお)先生
所属学科:工学部応用化学科
研究室:結晶工学・結晶成長
趣味:鉱物採集・読書

一番の苦手を一番の得意に

―研究者人生についてお聞きします。なぜ、物理化学や半導体結晶の方面を専門にしようと思ったのですか?

やりたいことはいっぱいあったんですが、僕が通っていた大学で通年科目っていうのがいっぱいあって、一年やらないと単位が貰えなかったんですよね。だから途中でやめたら全部台無しになっちゃう。それで一番難しくて苦労したものを必死で勉強してたら、一番得意になっていて。じゃあその分野に行こうかなと思って、研究室の扉を叩いたんです。

―それが今の研究分野ということですね。

あとは僕が学生の時に入っていたその研究室の先生にも影響されましたね。その先生は企業の研究所で勤めた後に教授になった方だったのですが、猛烈型というか、明日やれることも今日やるみたいな人で、どんどん行くぞっていう感じでした。それで研究室が不夜城なんて呼ばれていたけれど(笑)。まあ楽しくってね、結局それでドクターまで行ってみようかなって思ったのがあります。それに身内に研究者が多かったっていうのもあるのかな。僕の父親も研究者なんですが、ああいう好き放題やっている人も楽しそうだなと思っていましたね(笑)。

本が常に隣にあった学生時代

―どんな学生時代だったのですか?

僕は山登りが好きだったので、大学時代はしょっちゅうどこかに出かけていて。出席取らない授業には出ていませんでした(笑)。適当なこと言って歩いてばかりだったんですが、その時に本を何冊か必ず持っていって、途中で読んだりしていましたね。時間を有効に使うことにすごく価値を見出していたんです。なんだか変なことばかりやっていたけれど、今思うと楽しかったですね。やっぱり大学のときに本を沢山読むといいんじゃないでしょうか。教科書じゃなくてもよくて。本って何かしら色々教えてくれるので。

―物理化学を学ぶのにおすすめの本などはありますか?また、先生の好きな本は何ですか?

物理化学なら『アトキンス物理化学』です。

―「物理化学Ⅰ」の授業でも使っていますよね。

そうそう。もっとおすすめなのはあれの英語版。二十年くらい前までは英語版の方を授業で使っていたんです。日本語訳版よりも原著の方が内容を抜け無く網羅しているから。でも次第に、物理化学の授業っていうより英語の授業になってきちゃったので、今では日本語訳版に変えました(笑)。僕は学生時代に英語版の方で育ったので、それをずっと使っています。これを丸々一冊理解すればかなり戦力になるので、ぜひしっかり読んでもらいたいですね。

(▲『ATKINS’ PHYSICAL CHEMISTRY  SEVENTH EDITION』。電話帳ほどの分厚さである)

あと僕自身は結構小説とか読むのが好きですね。昔の人が書いた本とかって含蓄があるんですよ。歴史小説とかが特に好きで、中でも一番好きなのは司馬遼太郎。『坂の上の雲』とかはよく読んでいました。

歯磨き粉と間違えて…

―話は変わりますが、海外経験について教えてください。

僕が国際会議で初めてアメリカに行った時はインターネットも無い時代で、マイナーな場所なんて情報が全然無くて、これはもう出たとこ勝負だなあと思って行きました。その時に、研究室の先生に国際会議に論文が採択された!と言ったら、「じゃあ俺は行くのやめる」って言われたんですよ。「ええ、どうしてですか、二人で行けば僕先生に助けてもらえるんですけど」って返したら、「そういうふうに言うと思っていたから俺はやめたんだ」って(笑)。「一人で行った方が絶対失敗もいい勉強になるから行ってこい」なんて。それで帰ってきたら僕の失敗話を楽しんで聞いている先生がちょっと憎かったけど、でもやっぱりあの時にいろんな失敗をして苦しんだのは大切な経験だったと思います。あれは先生がいい考えの持ち主だったんだなって。だから、やっぱり一番重要なのは学生に怪我しない程度の失敗をしてもらって、色々自分で経験してもらうことですね。

僕もね、アメリカで歯磨き粉買いに行ったんだけど間違って入れ歯の固定材を買っちゃって、口が開かなくなったことがあります。
無理に口を開いたら歯が抜けるかもしれないって思って(笑)

―ええ!そんなことが…

そこで学んだのは「分からないことは分かったフリせずにちゃんと訊こう」ってことでしたね。他にも色々まずいこといっぱいやらかして、すごく勉強になった。だから、面白いですよ研究生活って。沢山の事があるし苦しい時も長いけど、そもそも100やって100成功するわけじゃないし、僕の研究室だって100やって50くらいは失敗しているから。でもそれはまた別のときに、「あの時ああいうことをやって失敗したな」って役立つからね。

―普段研究室ではどのように学生に接しているのですか?

やっぱり学生には色々自分で考えてもらいたいんですよね。まあ一緒に学会行ったときなんかは思いっきり遊びますけれど(笑)。普段は基本、冷たくしておかないと、学生に「ちょっと困った顔すると助けてくれるぞ」って思われちゃったらお互いのためになりませんから。学生が四苦八苦しているところを僕が解決しちゃったら、僕は楽しいかもしれないけどその学生の考える余地を奪うことになるし。早く気付けと思いながら脇で見ていますね。でもそこはなかなか経験の差で。僕が学生の頃だって、指導教員がこんなふうにやきもきしてたと思うんですよね。だから当時、その先生たちが我慢して手出ししないでいてくれたから今があると考えていて。根比べだよね(笑)。あとよく学生に言うのは、「地球は巨大な無機反応炉で、45億年間にできることを全てやり尽くした結果が、その辺にコロコロ転がって出てきている」ってことですね。結晶っていうのはかなり作るのが難しいけれど、それを自分たちで作れて、すごいなあって始まったのが結晶成長っていう学問だから。地面の中で溶けて引っ掻き回されて、ありとあらゆる組み合わせが試された結果がルビーやサファイアとして出てきているわけです。そういうのを綺麗だなって見ているだけじゃなくて、自分で良い組み合わせがないかって調べるのが醍醐味ですよね。

結晶成長の旅路

―研究を続ける上でのモチベーションとは何ですか?

幅広く知識を仕入れる過程でモチベーションが生まれてきますね。2017年に国連で「水銀に関する水俣条約」が発効したのですが、その何年も前からその話は聞いていました。水銀がいずれ使えなくなるから、水銀を使っているものを水銀が無くても出来るように全部変えないとならないっていうのが頭にありました。そこで、水銀から出る光と同等の波長で光る結晶を探すことになって、アルミニウムと窒素を結合させればいいんだ、という結論に至ったんですよ。でもアルミってすごく厄介な材料で、酸素が大好きなんですよね。その一方で窒素はあまり好きでない。だから、酸素が無いところでアルミニウムと窒素をどう結合させるかっていうのを考えて、反応モデルをつくって検証して…ってやったのが2003年でしたね。でも2003年当時に学会でその話をしても、ほとんど相手にされなかった。唯一、非常に興味を持ってくれた企業の方がいらっしゃって、「共同研究を申し込むために遠くから飛んできたんですよ」と言ってくださって。それがすごく嬉しかったです。以後、その人と共同で研究を続けていって、10年目の時に発光ダイオードまで作れたのは良かったですね。

(▲ 日本結晶成長学会に「HVPE法による窒化アルミニウム単結晶基板の開発」を讃えられた賞状)

―先生の研究分野で思い描く未来はどういったものですか?

新型コロナウイルスが流行ってしまったから、一刻も早く殺菌とかウイルスを不活性化する製品を作って安く市場に投入して、綺麗な空気や綺麗な環境を作りたいなと思っています。

―窒化アルミニウム(AlN)がそうですよね。殺菌やウイルスの不活性化に効果がある深紫外線LED、と研究室のホームページにありました。AlNの他にも様々な研究をされているようですが…

酸化ガリウムも外せません。送電ロスを無くすので、素晴らしい省エネ効果があります。そういうトランジスタ(※注釈)なんかをどんどん市場に投入していけば、それだけ送電ロスが無くなって、CO2の削減にも繋がるわけです。

―「イオン注入ドーピング技術を使った縦型Ga2O3トランジスタの開発」でしたか。研究室の外の廊下にたくさんの新聞の切り抜きが展示されていますよね。そうした多くの研究を積み重ねるうえでの、大きな目標などはありますか?

今まで自分が学んできたことの恩返しというか…研究分野に対して、色々なことを寄与していきたいとは思っています。また、窒化アルミニウムも酸化ガリウムも両方ともですが、僕らのやっている結晶というのは人類が継続的に暮らしていくためになくてはならない存在です。地球の寿命を出来るだけ長くしていかないといけませんよね。やっぱりそれを使ってみんなの役に立ちたいと思いますね。


(※注釈)トランジスタ
半導体で作られた電子素子のこと。電気信号を増幅・流れを高速に切り替える性能を持つ。家電やパソコン、スマートフォンなど、身の回りのさまざまな機器に組み込まれている。



熊谷先生の「先生大図鑑」はここまで!
先生大図鑑#35はいかがでしたでしょうか?

熊谷先生の授業が気になる方は「第三十五景 「物理化学Ⅰ」~物理と化学で敬遠されがち?知識を自在に操るための心髄授業~」もあわせてどうぞ!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

文章:もふ食堂
インタビュー日:2021年06月11日

※ 授業の形式等はインタビュー当時と変わっている場合があります。何卒ご了承ください。
※インタビューは感染症に配慮して行っております。