いざというときに思い出せる?
数学を武器に、正解はないとしても答えを出せるように。vol.1
第19回は斎藤隆文先生の特集です!
斎藤先生の授業について、学生からは以下のような部分が授業の魅力として挙げられていました。
【コンピューターグラフィックス】
〇授業の最後に必ず演習問題をやるので、授業で出てきた公式の使い方や考え方が理解できる。
〇授業ごとにプリントを用意し、時間内に終わらせるので授業計画がしっかりしている。
〇演習問題をやって解説してくれるのがとても嬉しい。
そんな斎藤先生の授業はどのようにつくられていくのでしょうか?!
(コーノ以下―)本日はどうぞよろしくお願い致します。(斎藤先生以下スペース)よろしくお願いします。
ちなみに、20年くらい前なんですけど、工学部でベストティーチャー賞(以下、BT賞)っていうのがあったのはご存知ですか。―インタビューをしていてチラッとはお聞きしたのですが、詳しくは分からないです。 BT賞というのは、まず各学科で学生の投票を主体にして、1名ずつ先生を選ぶんですね。それで、教務委員会が中心になって選考委員会というのを設けて、さらに工学部全体でベストティーチャーを1人か2人決めるという賞なんです。その初代のベストティーチャーに選ばれたのが、今の学長の大野先生(2019年インタビュー当時)*で、2代目が私なんです。
―そうなんですね(゜゜)! あと、今の工学部長の三沢先生もベストティーチャーを取られています。私も一度とったものですから笑、色々と工夫はしていたんですけれども。
その後、何度か選考委員会で委員もして、各先生のどんな授業をやっているかっていうプレゼンを拝見して、やっぱり他の先生方も色々、それぞれに優秀な授業、素晴らしい工夫をされていて、それは非常に参考になったんです。
それが数年ぐらい続いたんでしょうかね、結局やめることになってしまって、当時の資料は散逸してしまったんですけど。
ただ、そういうこともあって、いくつか取材を受けたりとか、他大学からも教育関係のシンポジウムに呼ばれたりとかしたことがあったんです。2012年のことなんですけど、神奈川工科大学で教育関連・授業改善シンポジウムというのがあって、そこで講演したんです。その時の原稿が出てきたので、一応お渡ししますね。
―ありがとうございます! はい。まずはこれに沿って説明しますね。
試験の正解と現実の正解
先に言っておきますと、私は博士課程の後、NTTの研究所にいたんですね。10年ぐらいおりまして、その後、農工大の工学部に助教授として着任して、それからずっと5年ぐらい工学部にいて、BASE**に移って、2019年の4月にまたBASEから工学府に戻ってきて、まあずっと工学部の情報工学科でやってるんですけど。
で、そういうこともあってNTTの研究所にドクターで入ったので、若い人から研究の相談を受けたり、発表を見ることもあったんです。そうすると時々あるのが、みんな難しいことやってるんですよ。なんですけど、その中で基礎的な、ごく基本的なことが分かってないっていうか、たぶん分かってるんだろうけどそれがちゃんと使えてない、っていうような事例がよく目につくようになったんですね。それは、社内あるいは社外の研究でも色々ありました。
そうするとやっぱり、これは教育に問題があるんじゃないか、っていうようなことを考えたんです。
で、ちょうどその頃、画像系の研究室にいたんですが、それを教育に生かすというプロジェクトが始まるのに配属されたんです。それで、教育を一生懸命やってる色んな社外の先生方が何人か集まって、プロジェクトを組んでいろいろと議論して、いわゆる海外の日本人向けの教育カリキュラムみたいなものを、マルチメディアを使って開発するっていうようなことをやったりしていたんですね。
―そうなんですね! それで、いろいろと教育について考えるようになって、その結果、学びって要するに2種類あるんじゃないかと思ったんです。
1つは満たす、というか基本的なスキルを習得する。例えば、漢字とか語句の意味とかね、計算能力とか、情報科だったらプログラミングとかですね。まあ、そういうのはとにかく基本的なスキルなので、これをやればいいとか、これが正解って明確にあるんです。そうすると、到達目標も一元的で、評価もしやすい。つまりテストをやって、全部できたら満点で間違ったらその分減点する、ということですね。
ところが、現実の問題ってそうじゃなくて、それがどこに繫がるかが、分からないんですよね。いろんなところに繋がっていくので、正解というのが一つではない、要するに色んな正解がありうる。場合によっては、正解なんてない、ということがある。
けれども、じゃあ何をやってもいいかっていうと、そうはいかなくて、何かそれらしいところにもっていかなきゃいけない、答えを出さなきゃいけないっていう、現実はそうなんですよね。会社に入って仕事する、といっても試験問題みたいに明確に定義されて、これを解いたら正解が一つあるんだ、ということはないですよね。
―そうですね笑。 学校の、特に入学試験なんて、そういう問題を出さないといけないわけです。答えがいっぱいあるなんて問題を試験に出したら、みんな叩かれるので、非常に明確に条件を設定して、どうやってもこの答えしかないっていう問題しか出さざるを得ないんですが、そこが現実の問題と全然違うところなんです。
―確かに…。 要するに、正解が多数だと、もう色々あると。そして、それは評価が難しいんですね。でも100点満点のテストなんて、本来現実ではできないはず。
なので、私は授業で評価するときは、できるだけ加点法でやってるんですね。これをやったら何点プラスって、どんどん積み上げていって、最後に成績をつけるって言う形で、なるべくいい所をどんどん足していくようにしてます。というか、そうしなきゃいけないだろうと思っています。
身近な例のストックが困った時の手掛かりになる
じゃあ、こういう満たす学びではなくて、伸ばしていくとか他に繋げていくっていう学びはどうするかっていうことですね。つまり、一見関係ないようなことの関係に気づいて、応用できるようにするっていう学びです。
私が担当している、情報数学、コンピューターグラフィックスや大学院の授業の中で、いくつか心掛けていることをあげますね。
まずは身近な具体例をいっぱい挙げるっていうことが大事です。もちろん暗記した方が効率良いっていうのはあるんですけど、丸暗記してもしょうがないんですね。結局、学生で非常によくあるパターンとしてね、科目を履修して単位を取るためにはちゃんと勉強しないといけない、だからちゃんと試験勉強をして単位を取る。だからその時点では、それなりに試験の成績はいいんですね。ところが、それで単位を取っちゃうと、もうそれで終わり、頭の中から抜けてしまう、というケースがありますね。私自身もそうだったんですけど、非常に多いんですね。
―…私も思い当たります笑。 じゃあ、その受けた授業が将来役に立つにはどうしたらいいかっていうと、別に公式を丸暗記してもしょうがないんです。重要なのは、なにかその公式が使えるような、あるいは使わなきゃいけない場面が来た時に、それを思いつくかどうかなんですね!「そういえば、昔あの先生があの授業でそういうこと言ってたなあ」と、ちらっとでも思いつくリンクがあれば、詳しいことは忘れていても、そのタイミングで調べて、勉強すればいいんですよ。今ならwebでも、本を買ってきてもいいし。
ところが、そのリンクがないと結局なんにも思いつかない、どうすることもできない、っていう状況で終わってしまいます。だからそういう連想ができるような、いろんな具体的な例をできるだけ示すようにしています。「この理論は、例えばこんな風な使い方があるんだよ」っていう実例を見せるということを重視してるんですね。
例えばこれ、たぶん大学1年生の数学で、テーラー展開って微積で出てきたと思うんですよね。これもなにか、公式を覚えていろんな解き方を覚えてってやるんだけど笑。実際はいろんなところに使えて、特に近似計算でいろいろ使い道があるんです。
要するにこれは、障害物があるとかそういう話ではなくて、地球が丸いから高い所に行くほど、遠くまで見えて、低い所からだといわゆる水平線ていうのが、割とすぐ近くに見えるという話なんです。
―接線の開きが、みたいなことですか。 そう、接線。で、それを計算するのに実はテーラー展開を使って近似式で計算していくと割と楽に求まるんですね。ちょっと工夫は必要なんですけど。
―わあ(*_*)むずかしそうです笑。 ただ、たぶんこの問題を言われて、パッとテーラー展開で解こうっていうのは、分かんないと思う。まあ、コサインで計算するっていうのは思いつくかもしれないけれども。つまり、地球のサイズからすると、山に登ったところで全く微々たることですよね。そういうことを考えると実は有効だよ、っていうことなんです。こういう問題を出して、現実に関係ないように思える色んな式には、こんな使い道があるんだよっていうような例を出すようにしています。ごくごく一例ですけどね。
それっぽい数学に違和感を持つ
あとは、これも毎年やってる話なんですけども、プロ野球の日本シリーズってご存知ですか? 野球のプロリーグに、パ・リーグとセ・リーグがあって、それぞれの優勝チームが、最大7戦やるんですね。そして、先に4回勝った方が日本一になるんです。
で、ある時、巨人対西武になって、巨人が一戦目勝ったと、その後二戦目がテレビで放送されるという時に、たまたま見てたんですけど。巨人軍の有名なOBの解説者が出てきてこんなこと言うんですね。「過去何年かで、日本シリーズの巨人の成績を調べたら、日本一になったことが16回あって、そのうち10回は第一戦で勝ってる」と、「だから、今の時点では10/16だから、大体60%の確率で巨人が日本一になる」と、もっともらしいこと言うんですよね笑。
これ、結構だまされるんですけど、ちょっと待てよ、と。授業で学生にはこれ何がおかしいんですか?って聞くんです。
要するに、本来は第一戦に勝ったことが、過去日本一になった時とならなかったとき合わせて全部で何回あって、そのうち日本一になったのが何回かと、そういう風に調べないといけないんです。パッと聞いただけだと、優勝の確率は60%って非常にもっともらしい答えが出てくるもんだから、騙されちゃうんですけど。
―なるほど笑。
なぜ、これだといけないかっていうのは、もし1戦、2戦と巨人が連勝したとして、3戦目を控えてまた同じ人が出てきて、同じこと言ったらどうなるかっていうと、2連勝して日本一になった回数ってより少ないはずなので、分母を16にしたままだと、日本一になる確率は減っちゃうんですよね笑。
だから本当は1戦勝って60%だったら、連勝したらたぶん80%、90%にならないとおかしいのに、このまま同じ理屈でいくと減っちゃう、これは変でしょ。
だから、こういう確率の計算するときには何に対する何の割合かっていうのは、ちゃんと気をつけないとダメですよ、注意しなさいっていうことを言ったりとかですね。
ただ、これを教えたからそれでいいかっていうと分かんないんですけど、少しでもそういうきっかけを学生に与えて。だから、私の授業を受けたからって、すぐ身につくものじゃないと思うんだけど笑。ただ、そういう意識を少しでも頭に持ってもらったらいいなと思ってます。―大事な観点ですね。
斎藤先生の「授業百景」vol.1はここまで!
更に詳しく授業の中身について教えていただいた vol.2はこちら!
*大野 弘幸 学長(2019年インタビュー当時)。
**BASE… 東京農工大学大学院 生物システム応用学府。(Graduate School of Bio-Applications and Systems Engineering)
※ 授業の形式等はインタビュー当時やアンケートの回答時と変わっている場合があります。何卒ご了承ください。
- 斎藤隆文先生
- 知能情報システム工学科