「農業経済学」
~農業を衰退させない!経済学から描く食の未来~
第34回は、農学部2年生向けの授業「農業経済学」について、生物生産学科の山崎亮一先生にお話を伺いました。
私たちが生きるために必要な食料、それを支えるのが農業です。経済学の視点から農業はどのように見えるでしょうか?山崎先生のお話を通して考えてみましょう。
<プロフィール>
お名前:山崎亮一(やまざき りょういち)先生
所属学科:農学部生物生産学科
研究室:農業経済学研究室
趣味:読書
経済学と農業問題
ー農業経済学の講義について簡単に内容を教えてください。
講義は二部構成になっています。まず第一部では、経済学の古典の中で、農業がどのように扱われているかという話をします。主に取り上げるのは、アダム・スミスが書いた『国富論』、デイヴィッド・リカードが書いた『経済学および課税の原理』、そして、カール・マルクスが書いた『資本論』です。おそらく、高校生も公民の授業等で聞いたことがあるのではないかと思います。これらをもとに、第二部では、農業問題を扱います。
ー「農業問題」というのは具体的にはどのような問題ですか?
農業問題というのは、歴史的には19世紀の終わり頃に、ドイツで修正主義論争(※マルクス主義の修正を巡る論争)というのがあって、その中から認識されてきた問題です。この頃は、大企業が支配的な力を持ち始めていました。大企業は非常に経済力も強いですし、その経済力を後ろ盾にした政治力も強いわけですね。一方で、農業では依然として家族経営が中心で、大企業に太刀打ちできないわけです。そこで、立場の弱い農業が経済的・政治的な力の強い工業から圧迫を受けるという問題が生じてきます。しかし、農業としては、圧迫を受けたからしょうがないということには全然なりません。というのも、農業というのは食料をつくる一番大事な産業ですからね。その産業が圧迫を受けて衰退していくというのは、これは人間社会にとって非常に深刻な問題なわけです。
ーどうしたら農業が受ける圧迫を緩和することができるでしょうか?
そもそも、どうしてそういう状況が生じてくるのか考えなければならないし、どうして生じるのか分かったからといって、問題が解決するわけではありません。農業が圧迫を受けている状況に対して、どう対応していくかを考えなくてはいけないですね。例えば農民は、ややもすれば、バラバラになってしまうところがあるわけです。一人ひとりが一国一城の主ですから、“これがうちの経営だ”“俺がマネージメントしているんだ”という気持ちを強く持っているんですね。だから、なかなか一致団結して何かをすることが難しい。しかし、それでは大企業には到底太刀打ちすることができないので、何とか農民も力を合わせて大企業に対抗していく必要が出てきた。そこで、農業協同組合が組織されていきます。しかし、それはどちらかと言うと、農民の自助努力ですよね。そういった自助努力だけでは不十分なので、国も何らかの形で農民を助けなくてはいけないということから、農業政策というものが非常に重要になってくるわけです。
ーなるほど。農業政策としてはどういったものがありますか?
農業政策として考えられる対応策を二つ例示します。一つは、価格支持です。農産物の価格に対して補助金などをつけて農産物価格を高くすることで、なんとか農家の所得を高めることが考えられます。他方では、所得補償です。所得を農家さんに直接与えてしまうということも考えられるわけです。
農業経済学のおもしろさ
ー食料生産としての農業の大切さはわかっていても、それを経済とどう結びつけるかは現代も課題となっているように感じます。農業経済学の意義はどういったところにあるのでしょうか?
一般の経済学というのは概念に偏っているといいますか、昔の人たちが言っていたことを積み上げていって、概念を鍛え上げていくことに非常に熱心なわけです。一方、農業経済学では、非常にありがちなこととして、農村の現場の中に入って、あそこの村はこうだったとか、〇〇さんの経営はこうだったとか、ひたすら描写していくということが行われています。ただ、本来であれば農業経済学は、その両方をやるべきだと思うんですよ。つまり、経済学の流れを勉強しながら概念の捉え方をきちっと鍛えて、かつ、現場に入って実態を分析することが重要です。
ー現場ありきで実態を分析できるというのが農学部のよさでもありますよね。
現場ありきなんだけど、現場を分析する時にきちっとした概念を使って分析しないといけません。安易に、どこそこはこうだった、あそこはこうだったということを積み上げていくだけでは、不十分だなと僕は思いますね。概念と現場を両睨みしながら研究できるのが農業経済学の強みだと思っています。
社会をみる目が変わる驚きを
―農業経済学における「概念」の例としてはどのようなものがありますか?
例えば、地代というのは、土地を借りたときに支払う賃料のことをいいますね。そのこと自体は間違いではないのですが、ただ、何百年もかけて経済学の中で認識されてきた概念なので、我々が一般的に抱く地代のイメージとは違うわけです。だから、ちゃんとその違いを説明しながら、現実の地代との関連性を説明する必要があると思っています。
―「概念」というと難しそうに聞こえるのですが、授業をされる中で工夫されていることは何ですか?
概念を使った社会の認識って、わかりづらいんですよね。概念自体が難しいですから。それをなるべくわかりやすく説明しようと心がけています。農工大の学生は理系が多いので、簡単な数値の例を用いながら、表や図を通じて概念を理解してもらえるように工夫しています。
―なるほど。学生の特性に合わせて授業づくりを工夫されているのですね。最後に、授業を通して学生に伝えたいことを教えてください。
社会について何か語ってごらんと言ったら、メディアあるいは政治的影響力が強い人のイメージを受け取って、自分のイメージだと思ってしまっているケースが非常に多いと思うんですね。しかし、何世紀もかけて人類が積み上げてきた概念があって、その概念に基づいて社会を認識すると、通俗的なイメージとはかなり違ったところがあるわけです。科学的な認識というのはこういうことなんだという驚きを感じてもらいたいですね。
―学ぶことで世界の見え方が変わる驚きというのは、何にも代えがたいものがありますね。大学に通うことの醍醐味のひとつだと感じます。
世間一般には、農学部は理系とされていますが、文系の考え方も必要な分野だということを読者のみなさんにも知っていただけたのではないでしょうか。山崎先生のお話をお聞きして、あらためて人文社会系の裾野も広げていきたいと思いました。ありがとうございました。
山崎先生の「授業百景」はここまで!
授業百景第三十四景はいかがでしたでしょうか?
山崎先生の今に至るまでの経緯、研究への想いについて詳しく知りたい方は「#34「山崎亮一先生」~社会は進化しているのか?突き詰めた先に農業経済学があった~」もあわせてどうぞ!
文章:すだち
インタビュー日:2021年05月28日
※ 授業の形式等はインタビュー当時と変わっている場合があります。何卒ご了承ください。
※インタビューは感染症に配慮して行っております。