金勝一樹先生
〜大発見は突然に!「2019年農業技術10大ニュース」に選ばれた技術確立の裏側〜
第28回は生物生産学科の金勝一樹先生にインタビューしました。
今回は、金勝先生の今に至るまでの経緯、研究への想いについて詳しく教えていただきました。ぜひ最後までご覧ください!
〈プロフィール〉
お名前: 金勝一樹先生
所属学科: 農学部生物生産学科
研究室: 植物育種学研究室
趣味: 昔は子育て、今は日本映画を見ることと美味しいものを食べること
農工大の先生になるまで
-農工大に着任されるまでの経緯を教えていただけますか?
卒業は農工大です。遺伝学に興味があったので、蚕糸生物学科(※生物生産学科の前身)を受験しました。
いざその学科に入ってみたら、周りは昆虫少年ばかりでした。どこへ行くにしてもみんな捕虫網と三角形の緑色の虫を入れるケースを持っていて、“この人達と蚕糸生物学科で昆虫のことに関して競っても勝てるわけはないや”と思いました。それだったら蚕の餌となる桑、植物の方で将来的には研究をしていこうかなと思った記憶があります。
私は物理と化学で大学を受験したので、生物学に関しては結構苦労しました。そうしたなか、1年生の最初に受けた生物学の授業が分子生物学でした。ワトソンとクリックが発見したDNAの二重らせんモデルの単元で、DNAの複製の仕組みについて学んで、すごくおもしろいなと思いました。
遺伝子が複製して二つに増えると、全く同じものが二つできるということで、どの細胞も核のなかの遺伝情報、つまり設計図は全部同じだと知ったときに、同じ設計図をもっているのに、どうして手の細胞は手の機能、胃の細胞は胃の機能を持つようになるのか、その仕組みがすごく不思議だなと思ったのですよ。
いわゆる分化(※細胞が特定の形態や機能をもつようになること)の話です。そこで、植物の組織培養(※多細胞生物の組織片を取り出し、適当な条件下で生存、増殖させる技術)を使えば、遺伝子が分化したり脱分化したりする仕組みがわかるのではないかと思って、ちょうどこの研究室の先代の先生のもとで桑の組織培養について研究しました。
大学院からは半数体育種(※遺伝子操作によって、両親の一方からの染色体のみを受け継ぐ半数体を作出し、遺伝的に固定した純系を育成する方法)をテーマに研究していました。「花粉培養」とか「やく培養」といわれるものが当時育種の世界では重要な技術として注目されていました。半数体育種の何が良いかというと、新しい品種をつくるための年数をすごく短くすることができるのです。栽培されている作物は、普通は遺伝学的に完全なホモ個体(純系)です。通常、新しい品種を作るために交雑をすると雑種(F1)ができます。雑種の精細胞と卵細胞は、両親の遺伝子がいろいろと組み合わされた遺伝子型となっており、何代も自殖を繰り返してもなかなか純系を得ることができません。しかし雑種の花粉を培養して半数体を作り、その染色体をコルヒチンという薬剤を使って倍加させれば、短時間で純系ができるのです。
大学院を修了するときは進路について悩んで、ドクター(博士課程)に進もうかなと考えていたときに、北里大学から学部1年生に生物学を教える助手に来ないかという話をいただきました。教えることと研究の両方ができる大学の教員は、私にとって理想の職業のひとつだと思い、北里大学へ行くことにしました。
ただ、その時には修士号しかとっていなかったので、あとから結構苦労して、北里大学に就職してから論文をいくつか書いて、論文博士(※数篇の論文を元にした学位論文の審査によって、大学院の博士課程に在籍することなく付与される博士号)をとりました。農工大には20年ぐらい前に教員として戻ってきたという経緯になります。
アイデアと発見で世界と勝負する
-高校生は研究がどういうものか全然イメージできないと思います。研究の楽しさやこだわりがあったら教えていただきたいです。
今は色いろな植物でゲノムが読める時代になってきています。ゲノムを分析するときには手順が決まっていることも結構あって、そうした研究だと、お金と機械と人がいるところには敵いません。それでも世界と勝負しないといけないのです。そういうときに、世界と戦えるのは、アイデアや発見です。これから若い人たちには、人と同じことじゃなくて、アイデアと発見を大事にしてほしいなと思います。
-そういったアイデアや発見はどのように生まれるのでしょうか。何かエピソードはありますか?
種子を扱う研究室では、種子を乾燥させて冷蔵庫で保存しておくことが一般的です。ただ、冷蔵庫から出してすぐに使おうとすると、ふたを開けた途端にどんどん種子が湿気を吸ってしまうので、乾燥している部屋に1-2時間おいてから実験をします。ところが、その1-2時間を待つのを苦痛に感じる学生がいて、前の日に乾燥している部屋に種子を出しておいて、朝来たらすぐに実験できるようにしていたのですよ。しかし乾燥している部屋に長時間置いておいたら、逆に種子の水分含量が通常より低くなりました。そうしたら、その学生が使っている種子は、すごく高温に対して強くなっていることがわかったのです。
イネを栽培するときは、通常、農薬を使って種子を消毒します。一方で、戦前からある技術として、お湯で種子を消毒する「温湯消毒」という方法があります。60℃くらいのお湯で消毒するのですけど、高温耐性が弱いもち米やインド型品種だと、発芽しなくなってしまうという難点がありました。さらに、60℃くらいだと完全に防除できない病気もあります。「ばか苗病」(※株基に胞子を形成し稲を枯らす病気)がその代表例です。現場の農家は温湯消毒を使いたいのだけど、ばか苗病がでてしまうし、ばか苗病がでないように消毒の温度をあげると種子が発芽しなくなるという悩みを抱えていました。
そんななかで、「種子を乾燥させれば(事前乾燥処理)高温耐性が強くなる」という先ほどの学生の発見を活かせば、もち米でも60℃より5℃も高温の65℃で消毒して大丈夫だということがわかってきたのです。
この技術を発表したところ、農林水産省の「2019年農業技術10大ニュース」のトップに選ばれました。今は企業や試験場の人を巻き込みながらこの技術の普及活動をしています。
-おめでとうございます!!
学生が乾燥した部屋に入れておいたのを見逃さなかったのが技術の確立につながったのです。
-常識や思い込みを疑ったことが大発見につながったんですね!
とくに稲作は昔から日本でやられていて、“こうじゃなきゃいけない”ということがいっぱいあります。現場で固定観念を覆すのは、ものすごいエネルギーが必要です。“そんなに種子を乾燥させちゃったら発芽しないのではないか”とか“65℃で温湯消毒したら発芽しなくなることが大学の先生によって証明されています”って言われたこともありました。「俺も大学の先生なんだけどな」って(笑)。 試してもらえれば信用してもらえますけどね。
農学だからこそ現場で役立つ研究を
-研究者の素質として重要なものは何だと思いますか?
研究者に必要な素養としては、人に勝とうというような強い意思がある人の方が大成するかもしれません。でも、私自身は人と争って勝とうとするのは、あんまり好きではありません。現場で役に立つものが見つかれば、こちらも研究をやっていてよかったなと思うので、のんびりと研究したい人はそれでもいいのではないかなと思います。
-実際にご自身が確立された技術が使われたときに、一番喜びを感じられていますか?
そうだね。かつて私はラボにこもって、タンパク質や遺伝子について自己満足的に研究していたことがありました。農業に役立とうが役立つまいが、あまり気にしていなかったのです。けれども、農学という農業を支える学問分野にいるからこそ、現場で役に立つことはすごく大事だと、今回の温湯消毒の研究を通して学びました。
-農学だからこそ、農業農村の現場に貢献する研究ができる。金勝先生をお話しをお聞きして、改めて農学の魅力を実感することができました。ありがとうございました!
金勝先生の「先生大図鑑」はここまで!
最後まで読んでいただきありがとうございます!
金勝先生の授業についても紹介しています。ぜひ「第二十八景「植物生理学」~授業は演技だ!効果的に伝わる授業づくりの秘訣~」も合わせてどうぞ!
文章:すだち
インタビュー:2020年11月05日
※インタビューは感染症に配慮して行っております。